会社員や観光客が行き交うJR名古屋駅。
新幹線改札近くの総菜店「美濃味匠」のレジに買い物客の列が延びる。
重ねて並べられた商品パックのラベルに「名古屋めし」の文字。
手羽先の唐揚げは2本で480円。スーツケースを引いた女性が「おいしそう」と手を伸ばした。
店を出しているのは岐阜県大垣市に本社を構え、総菜や弁当を製造販売する会社「デリカスイト」だ。
東海地方を中心に60店舗を展開し、ホームページで「おいしく、便利」と宣伝している。
1961年創業。
個人営業のつくだ煮の卸売りが発祥で、大垣の湧き水や美濃名産の銘柄米、天然素材を使っただしにこだわる。
名古屋駅店から北西に30キロ離れた3階建ての本社工場。平日の午前、白い業務用エプロンと帽子、マスクで全身を覆った従業員が、
調理台に向かっていた。
「加熱室」など工程ごとに部屋が分かれ、割り当てられた業務を黙々とこなす。
大釜の中をかき回す人。
食品の重さを量ってパックに包装する人。
調理器具を動かす音だけが響いていた。
「ここで働く従業員は100人。3割はベトナム人です」。
総務部長の後藤誠生さん(50)が説明した。
帽子とマスクの間から見える目元や仕事ぶりだけでは、誰が外国人かは一見して分からない。
ただ、壁に張られた清掃担当表には片仮名の名前が並ぶ。
人手が集まらない夜のシフトでは、半数をベトナム人が占めているという。
その一人、ヴォー・テイ・ハイ・イエンさん(24)は、技能実習生として2年半前に来日した。
日本人の現場リーダーから「日本語ののみ込みが早く、勤勉」と信頼されている。
この日、日本人スタッフ2人とともに大根と鶏肉の煮物を真空パックに包装していた。
4人きょうだいの長女。一家の主な収入の農業だけでは生活が苦しく、高校卒業後、月給5万円の飲食加工の仕事を4年続けた。
「もっと家族を支えるにはどうすればいいか」と考え、ベトナムよりも給料が高い日本を目指そうと決めた。
アニメや漫画が好きで、憧れもあった。
先に日本に渡った友人からは「簡単に行ける」と聞いていた。
しかし、ベトナム人を日本に送り出す現地の業者から請求された手数料は、相場の2倍に上る120万円だった。
日本語の授業料や寮の費用、渡航代を含んだ料金だと説明された。
費用は両親が借金をしてまかない、イエンさんが日本で働きながら返すことにした。
工場近くのアパートで他の実習生ら2人と共同生活する。
借金返済を含め、手取り15万円のうち10万円を実家に送金し、昨年ようやく借金を完済した。
最近は給料が上がり、手取りが20万円に増えたが、家族のために15万円ほどを仕送りする。
残りが生活費。
「日本に来るために払ったお金は他の人に比べて高すぎた。
だからもっと働きたい」と願う。
会社も長く働いてほしいと望んでいる。
今年で創業65年を迎えるが、日本人スタッフの平均年齢は60代。
若くて体力のある日本人が集まらなくなり、総菜製造の職種で実習生の受け入れが認められた2015年から、
ベトナム人の採用を続けてきた。
途上国への技術移転や人材育成が目的の実習生が、日本に滞在できるのは最長5年だが、
日本語試験や技能評価試験に合格して在留資格「特定技能」に移行すれば、さらに長く働くことができる。
デリカスイトで働くベトナム人の4割は実習生で、残りの6割は特定技能。
後藤さんは「穏やかで真面目」と話し、職場で不可欠な存在になっている。
イエンさんも特定技能を目指し、日本語を学んでいる。「難しい」と話すが、分からない漢字は職場のみんなが作業の合間に教えてくれる。
そんな近況をオンライン通話で母親に毎日伝えている。
両親と妹弟は、日本から南西へ3500キロ離れたベトナム中部ハティン省郊外の農村で暮らしている。
◇日本で働く外国人は257万人。
人材ビジネスの業界を見つめると、外国人の受け入れを巡る現実と課題が浮かび上がる。
連載「移民ビジネスを追う」の第1部では、最大の送り出し国、ベトナムの現場に迫る。

4月1日(水)中日新聞 移民ビジネスを追う(第1部 ベトナムで)