中日新聞 母国成長 稼げる国に

母国成長 稼げる国に

日本から南西に3500キロ離れたベトナム中部ハティン省郊外 。
緑一色の水田が山々に抱かれ、日本の地方を思わせる 。
岐阜県大垣市の総菜製造販売「デリカスイト」本社工場で働くヴォー・ティ・ハイ・イエンさん (24)の実家は、この農村にある 。
「健康にしているか。心配で毎日電話しています」 。
イエンさんの母親のグエン・テイ・ロンさん(40)は異国の娘を思いながら暮らしていた 。
一家はコメやピーナツの栽培などで生計を立てているが、農業の収入だけでは十分ではない 。
イエンさんの13歳と1歳の妹弟の学費もかかる 。
ベトナム農村部の月の平均所得は約3万円で、イエンさんからの毎月の仕送りが家計を支える 。
自分で日本行きを決めたイエンさんに、ロンさんは「女の子だから安全第一。
日本は安全だし、日本人も信用できそう」と賛成した 。
新型コロナウイルスが流行したときは会社でワクチンを打たせてもらったときき、「ちゃんとした会社で安心した」 。
妹(13)も「高校を卒業したら早く日本に出稼ぎに行って、お姉ちゃんと一緒に親に良い暮らしをさせたい」と、イエンさんと同じ未来を思い描く 。
一方で、母親にはもどかしい気持ちが募る 。
理由は急速に進む円安だ 。
円の価値はベトナムのドンに対して10年前と比べて2割下落した 。
イエンさんからの毎月の仕送り額は円が安くなる分、目減りする 。
「新しい家を建てるには少なくても600万円ぐらいが必要だけど、イエンの仕送りで家をつくるのは無理」とロンさんは言う 。
イエンさんのすぐ下の妹(21)も一度は日本行きを考えたが思い直し、今は結婚して首都ハノイで暮らしている 。
この農村では、10年ほど前から日本に出稼ぎに行く若者が増え始め、この5年で急増 。
仕送りで建てられた2階建ての家まであった 。ただ、円安で憧れは色あせつつある 。
昨年6月、ベトナムの電気自動車(EV) メーカー「ビンファスト」の新工場がハティンに完成 。
「ビンファスト・ハティンに引きつけられた多くの出稼ぎ労働者が故郷に帰っている」 。
政府系地元メディアは、こんな見出しで地元の雇用へのインパクトを伝えた 。
記事には、この工場で今年1万5千人の従業員を雇用する計画があることや月収1200万~1800万ドン(約7万~11万円)を稼げることなどが書かれていた 。
この額はイエンさんの仕送りと比べても遜色ない 。
ベトナムの国内総生産(GDP)成長率は2024年が7.00%、25年は8.20%(推計)で、賃金も上昇 。
日本との経済力の差が縮まり、家族と離れて、出稼ぎに行くメリットは少なくなっている 。
実際、クオンさんの元には人手不足に悩む日本企業から求人が舞い込むが「募集をかけても人は来ない」 。
ベトナムの送り出し機関と日本企業をつなぐ愛知県内の監理団体の代表もこう話す 。
「昔は『3倍ルール』という業界の慣習があって、企業が求める人数に対して、送り出す側がその3倍の候補者を面接で用意していた。
だけど、今は3倍なんて夢のまた夢」 。
日本行きの意思がない「サクラ」を参加させる例まで出ているという 。
かつての勢いがなくなった日本行き 。
その流れは、さらに強まろうとしている 。


※イメージ画像です。

4月2日(木)中日新聞 移民ビジネスを追う(第2部 ベトナムで)